「イニシエーション・ラブ」(乾くるみ)文春文庫 2007年

今日はネタバレ気味なので、未読の方は以後の文章は避けた方が良いと思います。










いや、マジで避けた方が良いと思いますよ。


(SideB)
とまぁ、昨日はああいう風に書いたわけなんですが、この作品は「このミステリーがすごい」で12位だったという、ミステリーとしての側面があったりもします。
腰巻にも、
「評判通りの仰天作。
 必ず二回読みたくなる小説などそうそうあるものじゃない」
とあり、仕掛ける気まんまんであることが伝わってきます。
個人的には、「こちら側」が大変厄介なしろものでしてね。正直、取扱いに困ったわけです(おかげで二つに分かれてしまいました)。
こう書かれてしまえば、叙述トリックであることは明々白々なわけで、後は恋愛小説風の文章をにらみつけて、伏線を掘り起こすこととなるわけですね。


で、結論から行きますと、完全にミスリードに引っかかって、SideAとSideBに重なっている時期があることに気がつきませんでしたー。
最後ぎりぎりになるまで、「マユ」と「たっくん」が二人づついる(カップルが二組ある)、という思い込みから抜け出せなかったんだよね。
おかげで、ラスト付近の一番すごいシーンであるところの、

「―もしもし? ……たっくん?」
 という声を聞いたところで、僕は慌てて受話器を置いた。
 怖かった。
「たっくん?」と言ったときのマユの口調が、あまりにも普通だったからだ。

というところで、総毛立つという経験が出来なかったわけです。無念。
鼻っから突っかかるような読み方をしているため、「SideAは実は場所が日本じゃないだろ」とか、そういうところで神経をすり減らしているわけです。
おかげで、肝心なところで力尽きているというか、なんというか。
もっと素直に本を読めばよかったと、後悔しました。
折角のフィニッシング・ストローク(「最後の一撃もの」)なのに、ホント勿体無かったなぁ。
というわけで、個人的には乾くるみは巧く立ち回ったんじゃないかと思います。自分が引っかかったから、言うわけじゃないんですが。





ただねぇ、実は個人的にはこの小説を「ミステリー」と呼ぶのには抵抗があるのです。
読んでいる間もずっと違和感を抱いていたのですが、その理由がなにかは今一つかめなかったのですけれど。
ラストで「おぉ!!」と思って、乾くるみに拍手を送りながらも心の中では、「でもやっぱりこれはちょっと違うな」と首をかしげていたのです。
しかし、おととい辺りにその「違和感」の正体が少し分かったような気がした瞬間がありました。
今、有栖川有栖の「女王国の城」を読んでいるのですが、これがまた分厚くて難儀なんですけど、読んでるとね、「イニシエーション・ラブ」の方がずっと面白いわけですよ。というより、「女王国の城」は分厚い割だけあってわりと退屈なところが多いといいますか。
読者を飽きさせない展開とか、妙に艶っぽい文体とか、そういう点で「イニシエーション・ラブ」の方がずっと読ませる力があるのです。
でもね、「女王国の城」と「イニシエーション・ラブ」のどちらがミステリーしているかといえば、やっぱり「女王国の城」の方がずっと「ミステリーしている」んですよね。


「ミステリーしていない」なんていうと、もういかにも曖昧で、ファンが気に食わないものをくさしている感じですけれど。
それは、「ミステリーのある風景」がそこにあるかないか、と言い換えてもいいのですが、伝わるでしょうか。「女王国の城」にはそれがあって、「イニシエーション・ラブ」にはそれがないのです。
分かりやすい例で言えば、死体が出て来る出て来ないとか、登場人物が何かを推理するとか、そういうことなんですけど。(でも、根はもっと深いところにあるような気がするのですよ。例えば、SFとそうじゃないものを分けるものが「センス・オブ・ワンダー」だとすれば、それにあたるのが「ミステリー・マインド」なんでしょうが、それの有無みたいな)
もう一度言い換えてみましょう。「イニシエーション・ラブ」は、一般小説にミステリーの枠組みだけを移植した作品であって、そういうものは(私の中では)あくまで「ミステリー要素を持った一般小説」であって、やっぱりミステリーではないんだな、と。
正直言って、そこに「線を引く意味があんのか」と尋ねられれば、「あんのかなぁ?」と思わないでもないのですが。
それは、単なる「ミステリー」という言葉が持つ意味の解釈の問題で、さらには私が個人的にどう思うかという極めてパーソナルな問題であって、多くの読者にとっては全く意味のない題目なわけです。「イニシエーション・ラブ」には大きな仕掛けがあるわけなんですけど、それに驚けるか驚けないか、というのが最大の焦点であって、それが「ミステリーかどうか」なんて大した問題じゃない。確かにそのとおりなのです。


嘘です。本当のことを書けば、「あるに決まってんだろ!」と思うわけです。
それは、私のミステリー読みとしての矜持の問題であって、そして「個人的なミステリーとしての評価」であるならば、それが全てなのです。
だから私は、この「イニシエーション・ラブ」という作品を、一般小説としては面白くてステキで高く評価しているのですが、ミステリーとしては0点なんだよね、と作者が見たら驚愕するようなことを書いて終わり。