飲めば都

つい最近、箱根に行く機会があって、出かけてきました。
何をするということもない一泊二日の温泉旅行で、集合が昼の三時とくれば、やることと言えばただ夜の宴会だけとなります。
宴会場にお膳がずらりと並び、そこで偉い人と一緒にご飯を食べ、その後スナックみたいなところに移動し、カラオケを歌って、ただひたすらに飲み倒して一日が終わりました。


まぁ、ただこれだけならいつもの(!?)行動パターンという感じですが、次の日の朝に箱根から戻ってきた私たちは、どうにも物足りなかったわけです。
「上野にいい店あるよ!」
と、いつもの方がおっしゃいました。
私ともう一人も、そうかいい店あるのか、と頷きました。
そして、頭の悪そうな三人が中央線に乗り込んだわけです。


上野駅は、そのアメ横をすぐそばに抱えるやさしい町です。
平日の昼間から立飲み屋が店を開け、というかその店は開店時間が朝の7時だったりするのですが、私たちのような者でもきさくに迎えてくれます。
つまみは、単価が安くて量が少ない小皿タイプ。そういえば、大阪はこういう店ばかりだったなぁと懐かしく思いました。
なぜか、というのも失礼なのですが、すじばっているもののマグロの刺身がおいしかったです。アメ横の力なのでしょうか。
コブクロサシは酢ミソでいただき、これもおいしかったです。
ビールは一杯380円で、発泡酒ではないので安い方でしょう。なんというか、合格。


「ふるさとの 訛りなつかし 停車場に」


と詠ったのは石川啄木でしたが、故郷を持たぬ私は、去年のことを懐かしく思ったのですが、こんなところで啄木をとりあげていいもんなんでしょうか。まぁ、もう死んでるしいいか。


まぁ、こうやって昼から飲む時は、一軒の店に長居せず、色んな店に入るのが礼儀です。(と、われわれは勝手に決めています)
次に「大統領」という、なんかすごそうな名前の店に移動し、善後策を練りました。
「馬刺しのうまいと評判の店があるよ」
と、いい加減酔っ払った調子でいつもの方がおっしゃいました。
そうか、馬刺しのうまい店があるのか、といい加減酔っ払った調子で頷きました。
そして、頭の悪そうな三人は、京成線に乗り込んだわけです。


やがて、立石というところにたどりついたのですが、その馬刺しのうまい店というのは拍子抜けがするほどあっさりと発見されたのですが、そこで事件は起こりました。
その店は夕方の四時にもかかわらず行列が出来ており、入るまでには結構かかりそうでした。
そこで、一人だけ列に並んで私たちはアーケードを見学していました。
しばらくすると、携帯電話が鳴りました。取ると、情けなさそうな声で、
「入店断られちゃったよー」
とのこと。
何が起こったのかと聞くと、もう既に飲んでいる人間は入店お断りとのこと。その人が、並んでいる最中に缶ビール飲んで待ってたのを咎められたらしいのです。
当然私は、「それじゃあ、てめーのところで売ってるその飲み物はなんなんだバカヤロウ! お前みたいなところはこっちから願い下げだぁ、このコンコンチキ!! 立石くんだりでお高くとまりやがって、肉屋ごときがいつから客を断れるようになったんだこのボケナス!!! 味噌汁で顔洗ってから死ね! 潰れろ! 瓶ビールの蓋、全部一斉にはずれろ!」
と、遠くからギャンギャンと負け犬の遠吠えです。 
やり場のない(いや、あるか)怒りを抱えながら、とりあえずラーメンを食べようということになり、入り口のところに古い看板の出ていたところに入りました。
入ると、どうもそこは単なる居酒屋のようにしか見えません。ラーメンはあるのですが、ガラス張りのケースに日清のカップヌードルがあるだけです。それも300円。
その他に、モツ煮や枝豆、焼き鳥等、居酒屋メニューは充実しているので、とりあえずわれわれは、
「とりあえずビール」
と口にして、いくつかのつまみを頼みました。
まぁ、ラーメンが無ければ無いで全然かまわないところがわれわれの良いところで、果たして本当に良いところなのかどうかは書いている自分でも不安なところなのですが、さっそく馬刺し屋の文句を言い始めるわれわれ。
この辺が下町ですね、それを聞きつけた店の常連さんとおぼしき人が、すぐに声をかけてきました。
一通り憤りをぶつけると、そのおじさんは長々とこの辺りの事情を話してくれた後、聞いてもいないことも話してくれた後に、焼き鳥屋さんを紹介してくれました。
「おいしい焼き鳥屋さんあるらしいよ」
いつもの人が、おっしゃいました。
そうか、焼き鳥屋があるのかと頷きました。今度は焼き鳥屋です。
しかし、かえすがえす、あのラーメン屋の看板はなんだったのか。不思議です。


踏み切りを渡ると、すぐに目的地発見。表は肉屋で、裏手の建物で料理を食わせる仕組みになっているようです。
横開きの扉を開けて中に入り、注文表とにらめっこ。
どうやら名物は、鳥の半身を丸揚げしたもののようです。
その中で一番安いのを各自一皿と、鳥の刺身ポンズと、ビールを頼みました。
(ここまで来ると、ビール何リットルめなんだろうという感じですが、ビールの最も良い点は「いくらでも飲める」というところなのです。)
前日も大して寝ていない上の暴挙なので、全員もはやクタクタな上に、お腹はパンパン。それは当たり前で、昨日の夜の宴会からこちら、夕飯・夜食・朝食・昼食・一軒目・二件目・三件目と、ずーっと飲みっぱなし、食べっぱなしなのですから。
ぼそりぼそりと話ながら、ビールを口に運んでいると、やがて鳥がやってきました。
なるほど、まるごと半身でやってきて、これが目が覚めるようにおいしそう。
外側はパリパリで、黄金色のものがドーンと。その鳥さんの下にはキャベツがひいてあって、やがてこのキャベツもしんなりとして、肉汁が染みておいしくなるだろうなぁと、夢はふくらみます。
鳥はまず各部位をバラバラにしてからいただきます。まずは、肋骨のあたりから。薄い膜がせんべい状になっているのを、パリパリバリ。次に首の方と食べ進めて行くわけなんですけれど、こうやって食べて良く分かったのですが、肉の各部位ってちゃんと違う味がするんだねぇ。いや、当たり前のことなんですけれど、実感したのは始めてだったので、すごく感心したわけです。最後に腿の部分をたっぷりといただき、キャベツには鳥ポンズのタレをかけて止めをさしました。


私が余った鳥刺しをつついている頃には、時計は18時を指す頃になっていました。
その時、正面の方からどこかで聞いたような音がします。
息を大きく吸う時の音というか、「ふごごごご」というか、そういう音です。つまり、いびき。
なんと、正面に座っているいつもの人が、骨を手に持ちながら寝ていました。
おそらく、疲れもピークに達したのでしょう。しかし、食事しながら寝ている人を久しぶりに見ました。


やがてその人は、ハッと目を覚ますと、
「オレ、寝てた?」
と私に尋ねました。寝ていた人は、なぜ「自分が寝ていたのか」と尋ねるのでしょうか。寝ていたに決まっているのにね。
テーブルの上にある食べ物をキレイに食べ終えてから、店を出ました。
満腹の上に満腹を重ねたほどの満腹だったわけですが、我々の「飢え」はこの鳥に出会ってようやく癒されたようでした。
おそらく、前日の「遊び足りない感」がわれわれを駆り立てたわけなんですが、それも今や充実感、というか虚脱感、というかまたやっちまった感、というか一生こうだったら大変だろうな人生、に変わり、家に帰る気分になったわけです。
一日遊んでしまったツケは大きく、その分まるごと自分にふりかかってくることになるわけですが、それはまた別の話。