仕事の話

本当のことを言えば、仕事なんて全然好きじゃなくて、
じゃあなんでそれをやっているのかと言えば、
「そりゃ食べるために決まってるだろ」
と言うは言うのですが、それも全然嘘で、
強いて言えば、他にやりたいこともやれることもないので、それにしがみついている、
というのが一番正確なような気がします。


仕事の話を書こうとすると吐きそうになるのですが、ちょっとやってみます。
私の仕事は「自分の持っている本に値段をつけて売る」というものです。
つい先日イベントがあって、そこは普段のとてつもなく地味な私の仕事からは、想像もつかないほど華々しい場所でした。
見たこともないほど、お客様がいっぱい。
お年を召した愛好者から、背広姿のサラリーマン、学生風、若い子供連れ夫婦などなど。
そういった幅広い年齢層の人たちが、一生懸命本を探している姿は本当に感動的。
カゴ一杯に雑誌を詰め込んでいる人や、大判の美術書を重そうに抱えている人、
漫画を立ち読みしている人に、文庫本数冊を一生懸命選んでいる人。
なんだか、そういった人たちがいることが嬉しくて、ほとんどまぶしいくらいでした。
普段は、そういう光景を目にすることが全くないので、
「うわ、なんだよ! お客さんいるじゃん! こんなにいるじゃん!」
と言葉が思わず口から出ます。
こういうことを口に出すと、当然周りから失笑されるわけなんですが、分かっていながらそれでも口に出さずにはいられないような、
そんな景色でした。


思い出してみれば、この仕事を始めてから、職業的な満足感って得たことがなかったような気がします。
本を買うのは楽しくないことはないですが、考えてみれば売るために買ってるわけです。
高い本売った経験がないことはないですが(せいぜい十数万円ですけど)、そういう本を売る時は「落丁とかなかったかな。後で返品されんだろうなぁ」と緊張して、満足はおろか数日間生きた心地がしません。
普段はお客さんと顔を合わすこともないので、どこかのブラックボックスの中で本とお金のやりとりを行っている感じです。
ボタンを押すと、口座の数字が増えて、代わりに本が発送されていくみたいな。
そんなわけですから、実際のお客さんの姿を見るのは本当に感動的でした。
そこに、自分のところの本を見て、触って、買ってくれる人がいるんだ、って。


この話の流れから行くと、「この仕事に就いてから、初めて満足した気がします!」みたいな結論になりそうなものですが、
まぁ、全くそんなことはなかったんですけどね。
いや、感動したことは嘘偽りなく本当なんですけど、信じられないほど負担もでかかったし、疲れました。
売上の伝票がなくて、本がなくなっていれば、「万引きされたんんかなー」と思いますし。そういうのは、目につき始めるとどんどん眉間に皺が寄ります。
そしていつも思うことなんですが、この仕事は「趣味としては少し高くつきすぎる」ような。
それでも、一つだけ今回確かに言えるようになったことがあって、これは書いておかなければならないと思ったので、今回イヤだけど重い腰をあげることにしました。
会期が進むにつれて、棚の本は売れてどんどん無くなっていきます。
補充されなければ、やがて棚はどんどんスカスカになっていって、空いた隙間に本がパタリと倒れたり、台の底が見えたりするようになってしまいます。
それに対応するためには、もちろん補充をすれば良いのですが、様々な事情からそれが必ず出来るわけではありません。
となると大事なのは、「いかに最初の段階でキチンと準備するか」ということになります。
(後から泥縄を結うくらいなら、最初からロープを準備しとけってことですね。)
おそらく、今回の場合私はあと一千冊の本を事前に用意しておくべきでした。
そのことは、初日の段階で分かっていたのですが、残念ながら即座に修正するだけの余力が私にはありませんでした。
そして、準備すべき一千冊の本は、私の倉庫に存在していたのです。
ということは、ちゃんと事前に準備しておけば、「一千冊の不足」は解消できた問題だったんですね。
そのことには、ものすごい後悔しました。
買ったまんま、値段もつけずに積み上げている本の山。
そいつらはかなり長期間にわたりそこにいるのですが、彼らに初めて謝りました。
「ごめんな、お前らを買ってくれる人があの場所には絶対にいたのにな。せめて、その場所にはいたかったよな」
本当は出番のあったはずの人から、自分の無能のせいでその出番を奪ってしまった。
大体のことが片付いた今、そんな思いがずっしりと心にのしかかっています。


最終日の帰りに、本屋さんと一杯飲んでいました。
「しかし、いつまでたっても、一つのことも上手にできるようにならないっていうのがね、もうしんどいわ」
「でも、他のことできないし、しょうがないでしょ」
「そう、しょうがない。ただ、しょうがないと思うとやる気がもげるので、そこは逆らっていこうってね、思うわけだ」
「私は、まずイヤなことからやることにしてる」
「なんで?」
「出来ることやってもしょうがないから」
「バイトの人にやってもらえばいいじゃん」
「自分のやりたくないことを、人にやらせるのは無理」
「あぁ、オレは前に『自分のことはもういいか』と思ったことがあるんだけど、それと一緒かな?」
「多分、一緒」


年を取ったら、後悔するようなことは決してしてはならないんだ、と、心の底から思います。
ただでさえ残された時間は短いから。
来年の今頃、「少しはマシになった」と言えるようにならないとな